ケヴィン・パーカーは心の奥から聞こえる内なる声と対峙する。
”Innerspeaker”はTame Impalaとしてリリースした最初のアルバム。リリース当時はストーナーロックとも形容されたヘビーなギターリフと、Creamや後期The Beatlesのサイケデリックロックの要素を一つ一つ丁寧に抽出して組み上げられた作品であり、ケヴィン自身の内面に積もった心理的、音楽的要素が顕在化している様子がうかがえる。
“Currents”や”The Slow Rush”から聴き始めたリスナーは、その音楽的趣向の変化に驚くだろう。
今日のTame Impalaはサイケデリックポップにディスコ的なビートや、多様なシンセサイザーの音が重なりが作品を特徴付けているが、Tame Impalaとしてのキャリアのスタート地点である”Innerspeaker”は、まるで60年代から蘇ったような純度が極めて高いサイケデリックロックなのだ。
”Innerspeaker”は、そのアルバムタイトルが全てを物語っている。作品を作り上げるための音楽的な影響だけでなく、ケヴィンが書いた歌詞や作品を完成させる過程などにも現れており、当時ケヴィンが心血を注いだことが、音楽を聞いているとじわじわ伝わってくるのだ。
ミュージシャンとしてのキャリアに対する葛藤
“Innerspeaker”のリリースに向けてケヴィンがModular Recordsと契約したのは、彼がまだ大学生のことだった。
ケヴィンは当時を振り返り「授業を受けていても次に作る曲のことしか考えられず、音楽以外のことをやっていても楽しめなかった」と語っている。
また、The Slow Rushに収録された”Posthumous Forgiveness”でフィーチャーされている父親のJerry Parkerは、ケヴィンが音楽を生業として生きていくことに反対をしていた。彼は頭の中で己の本音と立ちはだかる現実に立ち向かうと同時に、ケヴィンは周囲が彼に期待することや望むことにも対峙する必要があった。
彼が頭を悩ませていたであろう様子については、“Desire Be, Desire Go”で歌われている以下の一節は象徴的だ。
“Everyday, Back and forth, What’s it for? What’s it for? Back and forth, Everyday”
「毎日同じことの繰り返し。なんのためなんだ?」という意味だが、”Everyday”から始まり、”Everyday”で終わる回文的な文章構造自体が「毎日が同じことの繰り返し」を強調している。
ミュージシャンとしての活動ではなく、企業に就職して8時から17時まで勤め上げる日々を揶揄しているのだ。もちろん「就職して組織に馴染んでいくことがダサい」といった表面的なモラトリアム的思想ではなく「より良い音楽を作ること、自分がもっとも情熱を捧げられること」を捨てたくないという音楽に対する熱量がこの歌詞を生み出すきっかけとなったのだろう。
“I don’t have the verve to belong to this dead side”
“Dead side”は音楽から離れて就職する世界線のことだ。「そちら側」にいく気力がないということだ。音楽から離れて生きていくことはできないという宣言だ。
また近年のツアーでもセットリストに入ることの多い”Expectation”では、ケヴィンが付き合っていたと思われる女性との関係への悩みが歌われているが、この彼女は「音楽」のメタファーとも読み取れる。
“Fluctuations are aching my soul
Expectation is taking its tollThen I would escape, I will never, ever see another disappointed face
No one to please.
Every now and then, it feels like, in all the universe, there is nobody for me.I told myself I wouldn’t care, no I wouldn’t care
But when she said she’d come ‘round
I combed my hair, yes I check my hair.”
彼女がいったことが全部嘘だったとも思えるし、僕は彼女と恋に落ちたわけじゃなかったのかもしれないと言いながら、関係性から逃げようとする。誰も自分のことを気にしてくれる人なんていない、一人の方がいいんだ!と自分に言い聞かせるが、彼女が目に入ると嫌でも自分の身なりを気にしてしまう。異性に対する思春期の微妙な心の動きを捉えている。
ケヴィンは音楽を諦めようとしたのかもしれない。父親が音楽家になることに反対したエピソードを思うと、もしかすると周囲の人間や家族にも反対されたのかもしれない。でも諦めたときふとベッドルームにでヘッドホンから聞こえてくるお気に入りの音楽や、スタジオでギターの音をかき鳴らすうちに引き戻された経験がこの曲に現れているのだと私は思う。
“Expectation is taking its toll”
「周囲の人間の期待が僕を苦しめるんだ。」
孤独であること
”Innerspeaker”では、内なる声や心の内面に深く潜るような表現が多用されている。The Slow Rushで世界的な認知を得て、インディペンダントなサイケデリックロックバンドのフロントマンから、ポップの要素を取り込み、様々なポップスター、ヒップポップミュージシャンとのコラボレーションを行うアーティストに変容した。しかし、彼の原点はあくまで彼自身の心の動きや内面を忠実に表現することに重きを置かれている。これは”Innerspeaker”から”The Slow Rush”まで一貫した音楽的特色である。
“Alter Ego”
“The only one who’s really judging you is yourself, no one else no one else.”
「自分がどんな人間か判断できるのは自分だけだ、他の誰でもない、他の誰でもない」
“Solitude Is Bliss”
“No one else around me to look at me. So I can look at my shadow as much as I please”
「他に誰も自分を見てくれる人はいないなら、僕は僕の影を気が済むまで見てられるんだ。」
“You will never come close to how I feel”
「僕がどう感じているかなんてきっとわからないだろう。」
“There’s a party in my head and no one else is invited”
「頭の中でパーティが繰り広げられているけど、他の誰も招かれていないんだ」
“It is not meant to be”
“But, in all honesty, I don’t have a hope in hell”
「でも正直なところ、僕は希望なんてこれっぽっちも持っていないんだ」
“I’m happy just to watch her move”
「僕はただ彼女が動いている様子を見ているだけで幸せなんだ」
彼が「バンド」では無く「ソロプロジェクト」という体裁をとったことは、ケヴィンが自分の頭の中に一人で作り上げた世界を持っており、確実に音楽としてアウトプットしてクオリティーを高めるために必要なことであり、必然だった。つまり、バンドの中でセッションやパートごとにアレンジを任せる中で生まれる偶然よりも、彼がもつヴィジョンを出来るだけ正確に表現することにプライオリティを置いた。ある意味、全てがケヴィンの頭の中を覗くことができるアルバムと捉えられるだろう。
名も知らない60年代サイケデリックロックバンドを再発掘したようなサウンド
サウンド面を切り取って”Innerspeaker”に向き合うと、60年代サイケデリックロックの影響を色濃く感じ取られる。
”It Is Not Meant To Be”のゆらゆらと空間を漂うような不穏なベースリフはCreamを連想させるローファイなテクスチャーでありながら重厚さも纏う存在感放つ。”Lucidity”では、サイケデリックなファジなーギターとツーコードで進行するヴァースにThe Beatlesを思わせるキャッチーなメロディーが組み合わさりつつも、モダンに聴こえる。10代から音楽にのめり込んだケヴィンの頭の中にストックされていたサイケデリックロックが、彼のフィルターを通して2010年代のポップや時代感を見事に混ぜ合わさった傑作と言える。
一方で当時は”Innerspeaker”を「ストーナーロック」と評価する向きもあった。フランジャーが多用されたスペーシーなエフェクトや、”The Bold Arrow Of Time”のイントロで聴こえるブルースを思わせるヘビーなギターリフは確かにストーナーロック的である。ケヴィン自身はQueens Of The Stone Ageの”Rated R”を自身のお気に入りアルバムに挙げており、QOTSAの楽曲をカバーしたこともある。ストーナーロックのリフやサイケデリックロックと呼応するトリップ感が、ケヴィンのポップスやエレクトロのサウンドでアルバムが縁取られている。
ケヴィン自身が「自分の知っていることやできること以上の音楽を作るほど勇敢ではなかった」と当時を振り返るように、ケヴィンが13歳から音楽を作り始め慣れ親しんできたサイケデリックロックの脳内ストックをギターで持てる全てを表現した作品が”Innerspeaker”だ。
完璧主義者ゆえの選択 / Dave Fridmannとの協業
Tame Impala = ケヴィンパーカーであり、実質ソロプロジェクトであることは今日広く知られているが、スタート当時からTame Impalaはあくまで「ソロプロジェクト」だった。
当時はPONDのフロントマンであるNick Allbrookがベースとして参加、Jay WatsonとDom Shimperはレコーディングの際にドラムとベース、ギターを演奏した。”Currents”以降は全てケヴィンパーカーが演奏したが、当時はメンバーとも協業した楽曲制作という形をとった。この時点でソロプロジェクトであったが、実はまだグループとしてのバンドという一面も持ち合わせていた。(インタビュー映像を見ると、Jay WatsonやDom Shimperが質問に答えることも多い)
Innerspeakerのレコーディングはケヴィンが育った街、オーストラリア南東部のパースの海辺にそびえるマンションの部屋で行われた。電気がつかなかったり、雨漏りがひどいなど劣悪な環境だったようだが、部屋の中から見える景色は絶景。2020年のインタビューで、当時の環境を振り返りケヴィンはこう語る。
“But the thing that I learnt immediately was that as soon as you’re in this beautiful environment making music everything already sounds beautiful because of what you’re looking at. I had this ocean view. So just like strumming my guitar once was like, ‘Oh that’s all I need to do.’”
「すぐにわかったのだけど、音楽を作るこんなにも美しい環境の中に入り込んだ瞬間、目の前に見える美しい景色のおかげで出す音全てが美しく聴こえたんだ。僕にはこの美しいオーシャンビューがあった。ギターを爪弾くとすぐに”あぁこれが僕がやるべきことだったんだ”と思ったよ」
From : Tame Impala – Zane Lowe and Apple Music ’The Slow Rush’ Interview
彼らは美しい景色が見えるマンションで曲を作り終える。しかしミックス作業は捗らず、ケヴィンは自分が思い描く音が自身で再現出来ないと悟る。そこでミックスをDave Fridmannに頼ることに。Dave Fridmannが手がけたアーティストはThe Flaming Lipsが代表的だが、MGMTやWeezer、日本からもNumber GirlやArt-Scoolがプロデュースを依頼する大物だ。
Dave Fridmannは”Innerspeaker”と2nd アルバムの”Lonerism”のミックスを担当。Tame Impalaがサイケデリックバンドとして世界的に認知される土台を作り上げた立役者である。
ケヴィン自身は否定をしているが、やはり彼は完璧主義者だと私は思う。”Currents”以降、全ての楽器を全て自分でレコーディングし、ミックスまで手がけている。リリースが予定通り行かなければ延期して完成度を高める。”Currents”から”The Slow Rush”まで5年の期間が空いた、彼の制作欲の高まりをまちクリエイティビティが発揮できる最高のコンディションを待つなど、音楽を制作するために完璧なクオリティを常に追い求めている。
完璧主義者であることは自身で作品を完成させることではない。”Innerspeaker”を作り上げた当時の彼はそのアルバムの「完璧な姿」が明確にイメージ出来ていた。しかし、自分だけではたどり着くことが出来なかったが故にDave Fridmannにミックスを依頼したのだろう。完璧な作品を作るという点においては初期から現在に到るまで一貫しており、そのアプローチ方法が時期によって変わってくるのだ。Dave Fridmannのミックスが彼らのサイケデリックロックを色濃く抽出し、ただただ古臭い全時代のサイケデリックロックではなくモダンに耳に馴染むポップな要素を忍び込ませた。
内から聴こえる声に耳を傾ける
リリックや彼の作品に対する態度、また彼の脳内に蓄積された音楽的影響から、ケヴィンは「彼の内なる声と対峙した」ことで”Innerspeaker”を作り上げたことがわかる。
もう一人の自分が心の中で問いかける声(本当に音楽を諦めるのか?就職するのか? / 恋人との関係性 / 孤独であることと向き合う)は、まさにAlter Ego(もう一人の自分)に語りかけるようだ。己の孤独や将来に対してのモヤモヤを、自分が持てる音楽的スキルを総動員してストラクチャーを築いた作品が”Innerspeaker”なのだ。
全てを出し切ったことで”Lonerism”でシンセサイザーの魅力に気がつき、”Currents”ではシンセを多用したポップスに振り切り、”The Slow Rush”ではディスコ的なグルーヴを織り交ぜたサウンドに毎回進化を重ねたのだ。サイケデリックロックのアルバムとしての完成度はもちろん評価されるべきだが、彼がポップに振り切ることが出来たのは、実は”Innerspeaker”を通して自分と向き合い、全てを出し切り、新しいことを試す余白を作れたであると私は思う。
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