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【全曲レビュー】 時の流れと人生に対する覚悟 Tame Impala(テームインパラ) “The Slow Rush”

Tame Impala – One More Year (Official Audio)

 

2020年2月14日、待ち望んでいたTame Impala(テームインパラ)の新アルバム“The Slow Rush”がリリースされた。

2016年度グラミー賞の最優秀オルタナティブミュージック賞にノミネートされ、Tame Impalaがワールドワイドな人気を獲得するきっかけとなった前作“Currents”から5年。ほぼ全ての曲を一人で作り上げると言うフロントマンのKevin Parker(ケヴィン・パーカー)は「時の流れ」をテーマに今作に収録された書き上げたという。残念ながらアルバムにはリリースされなかったが、昨年リリースされたシングル“Patience”の冒頭はこの一節から始まる。

“Has it really been that long? Did I count the days wrong?”

「そんなに長い時間がたってしまったのか?僕が数え間違えていたのか?」

そう、5年という月日はTame Impalaファンにとってはもちろん、多才で、様々なミュージシャンとの協業も多かったケヴィン自身にとっても長い時間であったはずだ。しかしこの5年という月日は彼にとって“The Slow Rush”を完成させるには不可欠なものだったと僕は思う。

なぜなら、ケヴィンはNew York Timesのインタビューのなかで

“Part of the thing about me starting an album is that I have to feel kind of worthless again to want to make music. I started making music when I was a kid as a way of feeling better about myself, you know? The ironic thing is, if I’m feeling on top of the world or feeling confident or like everything’s good, I don’t have the urge to make music.”

「音楽を作りたくなる一つの要因は、まるで自分が音楽を作れない役立たずだと感じ始めること。ちょっとアイロニックだけど自分がまるで世界中で一番のミュージシャンであるだとか、全てが順調だと思う時には、急いで音楽を作り始める必要はないと感じるんだ。」

From New York Times

と語っているのを見たからだ。ケヴィンは長い月日と経験の中でTame Impalaとして再び音楽を作る必要性を見出したのだろう。

この5年の間、Tame Impalaグラストンベリーコーチェラでのヘッドライナーや、2018年のサマーソニック、その他数々の音楽フェスティバルを経験してきた。またケヴィンはTravis Scott(トラヴィス・スコット)Kanye West(カニエ・ウェスト)、Asap Rocky(エイサップ・ロッキー)Theophilus London(セオフィラス・ロンドン)などのヒップホップアーティストや、Lady Gaga(レディ・ガガ)のようなポップスターとも共に曲を作ってきた。The Slow Rush制作中には、Airbnbで借りたマリブの家で森林火災に出くわし、パソコンとベース以外の機材が焼けてしまった。

この濃い5年という「時の流れ」中で、ケヴィンが作り上げた“The Slow Rush”に何が詰まっているのか、何を読み取るのか、語っていきたいと思う。

「過去と向き合い、未来を向く」

“One More Year”

Tame Impala – One More Year (Official Audio)

 

“The Slow Rush”“One More Year”からスタートする。イントロのディレイのエフェクトがかかったような歌声は、ロボットのグレゴリオ聖歌隊のようだとケヴィンは表現している。人生はまるで同じループの中で変わらず進んでいくように思えるけれど、「あともう一年ある」と思って生きればいいじゃないか、ということを歌う。

“But it’s okay”

「でも大丈夫さ」

“I think there’s a way”

「方法はあると思う」

“Why don’t we just say, “One more year”? (One more year)”

「もう一年あると言えばいいじゃないか」

“Not worryin’ if I get the right amount of sleep (One more year)”

「十分睡眠をとってしまうことに気を病むこともなく」

“Not carin’ if we do the same thing every week (One more year)”

「毎週同じことを繰り返すことも気にせず」

“Of livin’ like I’m only livin’ for me (One more year)”

「自分のためだけに生きているように生き」

“Of never talkin’ about where we’re gonna be (One more year)”

「僕からがどこに向かっているのか話すこともない

“One more year”

「あと一年」

“Of livin’ like the free spirit I wanna be”

「自由にやりたいように生きる」

ベースのフレーズやコードなどのバリエーションは少なめで、いくつかのフレーズを足し引きして曲は進んでいく。“One More Year“に限った話ではないが、アルバム全体からテクノやディスコ的なアプローチが感じられる。この曲自体の構成自体が人生で陥りがちな「同じことの繰り返しから逃れることは容易でなく、覚悟が必要なこと」ことを表しているようにも思える。

“Instant Destiny”

Tame Impala – Instant Destiny (Official Audio)

 

アルバムの幕開けにふさわしい“One More Year”から、“Instant Destiny”へ流れ込んでいく。

「今までやってこなかったが、ずっとやろうと思っていたことを実行に移そう」ということと、ケヴィンとその妻Sophie(ソフィー)の関係性に彼が感じる恋や愛のことが表現されている。イントロのメッセージが強烈だ。

“I am about to do something crazy”

「何かクレイジーなことをやろうとしている」

“No more delayin'”

「もう先送りはない」

“No destiny is too far”

「運命はすぐそこにある」

“We can get home in Miami,  go and get married”

「マイアミに家を買って、そこで結婚して」

“Tattoo your name on my arm”

「腕に君の名前のタトゥーを彫ろう」

曲の構成自体はオーソドックスである。さらにそれぞれのセクションの間に大きな境目を感じることなくシームレスに繋がっていく。僕が「そのままヒップホップのトラックとして使えそう」と思った。シンプルでフレーズのループ、コードの少なさ、シンセの音色がそう思わせる。邪推だが、ヒップホップの大物たちとの協業も作曲に何かしらの影響を与えていると“Instant Distiny”から感じることができた。

“Borderline”

Tame Impala – Borderline (Official Audio)

 

3曲目は“Borderline”だ。すでに2019年に一度リリースされていたが、アレンジが変更されて”The Slow Rush“に収録された。ケヴィン自身は“Borderlineのリミックスバージョンだ”いうように、曲の根幹は変わらないが、ドラムの音圧やベースシンセの音色とエフェクトが強調され、より前に出てくるようなアレンジがなされている。好き嫌いはあるだろうが、個人的にはアルバムバージョンの方が好きだ。

サビの”Like a train”の後に本物の電車が走る音が追加されているなど、細かい変更も加えられている。

“Posthumous Forgiveness

Tame Impala – Posthumous Forgiveness (Official Audio)

 

そして“The Slow Rush”でもっともケヴィンにとってパーソナルな曲となる“Posthumous Forgiveness”が4曲目に入る。

西部劇の音楽をサンプリングしたような曲にしたかったと語っていたが、イントロの悲しげになるリフはまさに彼がやりたかったことを成し遂げている。そして”Posthumous Forgiveness“の一番の特徴は、前半と後半で曲がきっぱり分かれていることだ。前半は西部劇的なサウンド、そして後半はシンセサイザーの音の浮遊感がフィーチャーされている。もともと二部構成系な曲にするつもりはなかったようだが、背景を辿ればその意味も見えてくる。

“Posthumous Forgiveness”の前半部分では、ケヴィンの亡くなった父のことを歌っている。Posthumousとは”死後”という意味だ。幼い頃に両親が離婚をし、父親に引き取られて育ったケヴィンが、彼が父親であるJerry(ジェリー)のことを前半部分で歌っている。「もっとこうしてくれたら良かったのに」と思うことや、「子供の頃はわからなかったことが今では理解できることが歌われている。」ほとんどはジェリーに対してのネガティブな感情とも取れる内容だ。

“Every single word you told me”

「あなたが僕に語ってくれたどんな言葉も」

“I believed without a question, always”

「僕はいつも疑いもなく信じていた」

“To save all of us, you told us both to trust”

「僕らを守るために、僕ら(Kevinとその兄弟であるStephen)を信じさせるために語ったこと」

“But now I know you only saved yourself”

「でも、あなたは自分を守るためだったんだと今ならわかる。」

結局、父であるジェリーが彼がケヴィンにやったこと(こればかりは僕にはわからない。Kevinしか知り得ないことだ)を謝ることなく墓まで持って行くことになる。昔ながらの頑固おやじだったのかもしれない。

And while you still had time, you had a chance

「まだ生きていたころ、チャンスはあったのに」

But you decided to take all your sorrys to the grave

「でもあなたはあなたの”ごめん”を墓まで持っていくことにしたんだ」

そうして父親の生前の記憶が語られたのち、ギターソロを挟んで後半部分に入っていく。シンセサイザーの音で始まり、ケヴィンが父との時間を求める。

亡き父に自分のことをもっと知ってほしい、今どんなことをやって、何を成し遂げたのか聞いてほしい、認めてほしい、とケヴィンは歌う。

“I wanna tell you ’bout the time”

「あなたとの時間について話したい」

“Wanna tell you ’bout my life”

「あなたに僕の人生について話したい」

“Wanna play you all my songs”

「僕が作った曲を全部聞かせたい」

“Learn the words, sing along”

「歌詞を覚えて一緒に歌ってほしい」

ケヴィンはインタビューの中で「2009年のKevinにこの曲は書けたか?」という問いに対して「無理だっただろうね。キャリアを重ねるにつれて、自分の心をオープンにできるようになった」と語っている。内省的で自身の感情や思考の中へ深く潜るような歌詞が多かった中、作品を重ね、様々な人との関わりの中でパーソナルな記憶と感情をここまで明らかにするオープンさを獲得したのだろう。ケヴィンにとっての”Posthumous Forgiveness“は、アルバム全体に通して見えるコンセプトである「過去に向き合い、未来に向かう」ための曲なのだろう。

Breathe Deeper

Tame Impala – Breathe Deeper (Official Audio)

 

エモーショナルでノスタルジックな“Posthumous Forgiveness”に続くのは“Breethe Deeper”だ。

日本語に直訳すると「深呼吸」というタイトル。迫ってくる決断や、初めて経験することを目の前にした時、深呼吸をして自分を信じて状況を受け入れるということが歌詞に描かれている。ケヴィンが言うには、初めてのエクスタシーの経験が歌詞に反映されているそう。確かに、と思える部分が多い。

印象的なギターとベースが重なるフレーズと、タイトでヘビーなドラムが曲の根幹を作り出す。そのビートはマライヤ・キャリーから影響を受けたと語る。またファレル・ウィリアムスNeptunesからも影響を受けたいう。

Tomorrow’s Dust

Tame Impala – Tomorrow's Dust (Official Audio)

 

“Tomorrow’s Dust”は、Tame Impalaの中では珍しくアコースティックギターが曲の中心に据えられている曲だ。明らかに他の曲とは異質な雰囲気だと僕は感じている。ミドルテンポで心に寄り添うような優しい曲であり、アコースティックギター一つでここまで曲の雰囲気を変えられるのかと思うと驚いている。

また、最後にフィルターのかかった“Breethe Deeper”をバックに何かを話す女性はケヴィンの妻であるソフィーの声である。ケヴィンによると、出来るだけアンビエントな雰囲気にしたかったよう。電話の声は、彼女が数年前ロンドンで数年過ごしたのちにオーストラリアに帰ってきた際に、将来どんな人生をすごせばいいかわからない気持ちを語っている。時の流れについて歌うこの曲にぴったり合う内容だ。

いかに「今日」があっという間に「過去」になっていくか。時間はどれだけはやく過ぎ去っていくか、そんなことが表現されている歌詞も注目だ。この一節に全てが詰め込まれていると僕は思う。

“And in the air of today is tomorrow’s dust”

「今日の空気は、明日の塵となる」

On Track

Tame Impala – On Track (Official Audio)

 

“The Slow Rush”の中で、僕が一番好きな曲は“On Track”だ。主にケヴィンの自宅にあると言うピアノで書かれたというこの曲は、70年代バンドのパワーバラッドに強く影響を受けている。彼の父のお気に入りで、幼少期に聴いていたと言うSupertrampがインスピレーション源だと公言している。ピアノが主体であるものの、強いビートとメロディが特徴であり、スタジアムバンドが演奏するようなイメージがある。例えばQueen“We Are The Champions”もパワーバラッドと言えるだろう。

Supertramp – Breakfast in America (Live In Paris '79)

 

“On Track”ではどんなに苦境にあってもポジティブに捉えて、諦めなければ最後には乗り越えられることを歌っている。

サビでは以下のフレーズが繰り返される。とても前向きなメッセージだ。

“But strictly speaking, I’m still on track”

「でも厳密に言えば、僕らはまだ順調なんだ」

これは僕の推測だが、おそらく“The Slow Rush”の当初のリリース予定の日までにアルバムが完成させられなかった経験から書かれている曲なのだと思う。元々は2019年夏頃にレコーディングが完了する予定であったが、長引くことでアルバムのリリースを先延ばしにせざるを得なかった。7月までに完成させなくてならないと言うプレッシャーと闘いながらも、ポジティブに状況を捉えようとしたことがそのまま曲となったのではないかと考えている。

また、“On Track“はアルバム7曲目。「もうすぐ8曲目が来る」といったように月と曲順をうまく掛けているのかもしれない。

“I know it’s unrealistic, over-optimistic”

「無謀で、楽観的すぎるのはわかっている」

“I know I tried before this, I know it’s nearly August”

「前に試したこともあるし、もうすぐ8月になってしまう」

“I know I can’t ignore this, looking forward to all this”

「僕には無視できない、この全てを僕は待ち望んでいるんだ」

Lost In Yesterday

Tame Impala – Lost in Yesterday (Official Video)

 

アルバムリリース直前に公開された“Lost In Yesterday”が8曲目だ。

曲中でリピートされるベースのリフが魅力的であり、80~90年代ディスコやダンスミュージックの影響を感じさせる。このリピートには、元々Tame Impalaのシグネチャーであるサイケデリックロックと、今回のインスピレーション源であるダンスミュージックの間に共通する要素だ。これまで培ってきたサウンドと親和性の高い要素を取り込むことで、新しいスタイルの曲を作り出している。

また、ケヴィンはインタビューで「ノスタルジアは誰もが夢中になってしまうドラッグだ」と語る。そんな過去を断ち切りつつも、心の中に適切な形で取っておく。そして未来に向かっていくことを語る。「時間の流れ」を「過去に向き合い、未来に向かう」ことを伝える曲である。

“So if they call you, embrace them”

「もし思い出があなたを呼ぶのなら、抱きしめてやればいい」

“If they hold you, erase them”

「もしあなたを引き留めようとするなら、消してしまえばいい」

“Lost In Yesterday”については、シングルとしてリリースされた直後にレビューを書いている。かなり詳しく分析したので、もし興味があるならぜひ読んでみてほしい。

過去と向き合い、未来へ向かう。Tame Impala “Lost In Yesterday” トラックレビュー

Is It True

Is It True

 

“Is It True”はファンキーなディスコ的ベースフレーズと、四つ打ちのバスドラムが聴くひとを踊らせる曲だ。サックスをおそらく初めて取り入れた曲だとケヴィンは語っている。初めて聴いた時、Tame Impalaっぽくないなと思ったがケヴィン自身も「元々はTame Impalaの曲としては考えてなかったが、今では“The Slow Rush“にとってなくてはならない曲だ。」と言う。また、アウトロのフレーズとビートの差し引きはまさにダンスミュージックの手法だと僕は感じた。

未来のことを話すことを避け、今を生きる若い男女の恋を描いた歌詞は、まとめると“Less I Know The Better”だなと個人的に感じた。知らない方がいいこともある、と言うことだ。

It Might Be Time

Tame Impala – It Might Be Time (Official Audio)

 

先行でリリースされていた“It Might Be Time”。時間が流れ、過去の自分ではないことに向き合い受け入れることがこの曲のテーマだ。

音楽的なインスピレーションはSupertramp“The Logical Song”だと語る。エレクトロピアノの音と、イントロのベースフレーズに影響を感じることができるはずだ。そしてサビまでの穏やかな展開から、サックスのソロに入るタイミングで爆発するようなドラムが聴ける筈だ。確実に“It Might Be Time”のサビでのドラムは“The Logic Song”から強い影響を受けている。もはやセルフサンプリングとも言える。“The Logic Song”が、ケヴィンのフィルターに通して、新たな解釈で表現されている。

The Logical Song

 

印象的な歌詞はやはりサビだろう。まるでよかった自分がもう過去のものに成り果て、老いた自分や昔ほどの勢いがないことに向き合い認めるときが来たことをダイレクトに表現している。20代で若くして“Currents”リリースから5年たった自分に、ケヴィンが語りかけるようでもある。

“It might be time to face it”

「向き合うときがきたのかもしれない。」

“It ain’t as fun as it used to be, no”

「もう昔ほどおもしくはないんだ」

“You’re goin’ under”

「君は落ちぶれていくんだ」

“You ain’t as young as you used to be”

「もう昔ほど若くはないんだ」

“It might be time to face it”

「向き合うときが来たのかもしれない」

“You ain’t as cool as you used to be, no”

「もう昔ほどクールではないんだ」

“You won’t recover”

「もう手遅れんだ」

“You ain’t as young as you used to be”

「もう昔ほど若くはないんだ」

Glimmer

Tame Impala – Glimmer (Official Audio)

 

“The Slow Rush”の中でもっとも短い曲であり“It Might Be Time”“One More Hour”をつなぐ役割を担っている。冒頭の男性の声は、制作中に聴いていたポッドキャストから取ったものだそう。

イントロで聞こえてくる会話は

「ベースの音を大きくするにはどうすればいいか知っている?低音を大きくすればいいんだよ!ドラムの音を良くするには?低音をあげればいいんだよ!多分違うと思うけど」

と言う会話である。どんなポッドキャストの番組を聴いていたかわからないけど、音楽系の番組なのだろう。ちなみにアルバム制作中ケヴィンは音楽を聴かないようにしているとインタビューで語っている。空港のラウンジで流れる音楽ですら嫌になるらしい。無意識なレベルで自分の音楽が影響を受けたくないのだ。

シンセサイザーのコード音とカッティングギターのフレーズの重なりと、遠くから聞こえてくるようなエフェクトがかかった“I just want a glimmer of hope”の声。どこか夜の高速道路を走るような疾走感と静寂が感じられる曲だ。短いながらも強い存在感を示す曲が”Glimmer”である。

“One More Hour”

Tame Impala – One More Hour (Official Audio)

 

“Glimmer”が終わると、静かなピアノのフレーズと共に“One More Hour”がスタートする。パワーバラッド的なアプローチであるものの、よりパワフルなドラムが強調された壮大なスケールを頭に思い出させる曲だ。

ケヴィンは“The Slow Rush”がコンセプトアルバムであることを否定しているが、“One More Year“で始まり“One More Hour”で終わる曲順には「時の流れ」を強く感じさせる。「あと一年あると思えばいつもの退屈なルーティーンから抜け出せる」と歌った曲から、最後には「もうあと一時間しかない。逃げ出すこともできないが、受け止めて前に進むしかない。自分が好きなこと、信念さえあれば先の見えない未来でも怖くはない」と締める構成が僕は大好きだ。

“I did it for love (All that I have)”

「僕は愛のために生きていた」

“I did it for fun (One more hour)”

「僕は楽しむために生きていた」

“Couldn’t get enough (All that I have)”

「満ち足りることはなかった」

“I did it for fame (One more hour)”

「僕は名声を得るために生きている」

“But never for money”

「でもお金のためでは決してなかった」

“Not for houses, not for her”

「家を買うためでもなければ、彼女のためでもない」

“Not for my future children”

「未来の子供達のためでもない。」

“Until now”

「これまでは」

個人的にはケヴィンが結婚して家庭を持つ時の葛藤や決心を歌った曲だと思っている。自分のために楽しむために生きてきたが、これからは違う。妻であるソフィーと共に新しい人生を作り、アイデンティティーを獲得していく流れを辿りながらこの歌詞を書いたのだろう。

続く以下の歌詞にはケヴィンの内省的で、自分の心を葛藤する様子が見られる。

“As long as I can, long as I can”

「出来るだけ長い時間、可能な限りでいいから」

“Spend some time alone”

「一人で過ごしたい」

“As long as I can, long as I can”

「出来るだけ長い時間、可能な限りでいいから」

“Be the man I am”

「立派な男にならなければならない」

そう考えると僕は”The Slow Rush“の構成がすっと腑に落ちる気持ちになる。“One More Year”でモラトリアム的な価値観を歌いつつ、“Instant Destiny”では衝動的な愛を表現する。失った過去や亡き父に思いを馳せながら、“Lost In Yesterday”“It Might Be Time”で今の自分や、ノスタルジアから逃れられない自分に向き合い前に向かう踏ん切りをつける。そして最後には“One More Hour”でSophieとの結婚を前にして、もうどこに行かず、自分の人生を生きる覚悟を決める。

「時の流れ」がコンセプトにあると語っているが、これは間違いない。しかし、ケヴィンの私生活、特に結婚をという人生を大きくかたち作るビッグイベントが彼のアルバム制作に影響したのではないかと思う。

時の流れと自身の人生に対する覚悟

“The Slow Rush”は、音楽の面でも“Currents”から、大きく進化したアルバムだ。サイケデリックロックバンドからシンセポップやディスコ、ダンスミュージックなど多様な音楽的ルーツを盛り込み、人を引き込む歌詞やケヴィンの内省的な詩の芯の強さが生きている。

間違いなく2020年を代表するアルバムであるし、2020年代を代表するアルバムになることを僕は確信している。

個人的に、ケヴィンが作る音楽が人々に刺さる理由は単に楽曲的な良さに止まらないと僕は思う。彼自身がIntrovert(内向的)な人間でありながら、スタジアムを沸かせるようなヘッドライナー級のバンドである双極的な要素が、僕の心を引き付けるのだ。

最後に、ケヴィンがNew York Timesで語った言葉で締めたいと思う。“The Slow Rush”はもちろん、今までもこれからも僕らがTame Impalaに心を引かれ続けるメンタリティはここにある。

“I reckon a lot of artists get inspired by the idea of singing something to a crowd, many thousands of people,” Parker said. “But me, I prefer just to think about the kid wearing headphones riding the bus home from school, or having a bedroom headphone listening session. That’s where I come from.”

「多くのアーティストは何千人という観客の前で歌うことをインスピレーションとしているよね。」とケヴィンは言う。「でも僕は、学校の帰り道のバスの中でヘッドホンを通して音楽を聴いている子供や、ベッドルームでセッションをヘッドホンで聴いていることを思い浮かべることの方が好きなんだ。そうやって生きてきたからね」

From New York Times

参考資料

今回本記事を書く上で参考にしたインタビュー映像や記事を残しておく。どれも内容の濃いものばかりなので、ぜひ気になる人には読んでみてほしい。

インタビュー映像

Tame Impala – Zane Lowe and Apple Music ’The Slow Rush’ Interview

 

Kevin Parker breaks down Tame Impala's 'The Slow Rush' album

 

Tame Impala over nieuwe album 'The Slow Rush' | 3FM Special | NPO 3FM

 

インタビュー記事