ベラルーシの首都のミンスクを拠点に活動するニューウェーブ・ポストパンクバンド、Molchat Domaをご存知だろうか。アレキサンドル・ルカシェンコ大統領の不正選挙疑惑を巡るデモ活動が活発になり、ミンスクという街の名前を最近知った人も多いだろう。僕らのようなインディーロック界隈をうろうろしている人間にとっては、音楽的な馴染みがない。正直なところ、個人的にはどんな音楽シーンが育まれているのかイメージすら浮かんでこない街といった印象だ。本記事では、そんな僕ら日本人に取ってどこか遠くて縁のない国のベラルーシで生まれたポストパンクMolchat Domaをご紹介する。
人権が抑圧されるベラルーシと自由なプラットフォーム
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英語で”House is silent”を意味するMolchat Domaは旧ソ連のニューウェーブの系譜を引き継ぎながら、西洋のロックカルチャーに影響を受けてきたバンドだ。音楽に政治的主張を入れ込むとコンサートの開催を許可されなかったり、投獄されることもある社会主義的な一面の残るベラルーシ。クリエイションに対する100%の自由が保証されていない中で音楽活動を続ける行為は、旧ソ連崩壊後もいまだに残る負の遺産と葛藤しているとも解釈できる。
しかし一方で、YouTubeのアルゴリズムや、耳の早い音楽リスナーたちによってBandcampで発見されて「バズ」を引き起こし非ロシア語圏までMolchat Domaの音楽が伝播した。シリアスでどこか曇った寒空を思わせるダークな音楽からは想像しづらいのだけど、実はTiktokで曲が使われたことも世界中にリスナーを獲得したきっかけとなったようだ。
旧ソ連ニューウェーブシーンの影響
単純なバンドサウンドではなく、エレクトロなアプローチを取っていることがMolchat Domaを彼らたらしめている。旧ソ連の郷愁をロシア語圏のアーティストがロシア語で表現するムーブメントのSovietwaveとカテゴライズされる向きもあるが、80年代ニューウェーブやポストパンクのようなフューチャーレトロを思い出させるローファイ感もある。ベースが薄いことがSovietwaveの特色の一つだけど、きちんとヘビーなベースリフが曲の中心に据えられている。しかし、日本人の僕には経験し得ない想像上の旧ソ連に思いを馳せるノスタルジーを引き出す一面を切り取ると、Sovietwaveに接近する要素を持ち合わせているとも言えるだろう。
80年代の旧ソ連の音楽シーンはニューウェーブ全盛で、kraftwork、Depeche ModeやThe Cure、Joy Divisionなどの影響が色濃く見えるバンドが多く登場した。Molchat Domaも直接的な影響を受けつつも、当時のソ連で活躍したバンドからもサウンドのコアになる要素を拝借している。KinoやAlyans、Zodiacなどのバンドから影響を受けたとするが、彼らはベラルーシがソ連から独立したのちに生まれた世代。


ルーツは旧ソ連のバンドに持ちつつも、Molchat Domaのメンバーですら経験し得なかったソ連のノスタルジーを現在の地点から振り返り音楽で表現したバンドである。おそらく彼らも英語で歌うこともできただろう。しかしあえてロシア語で歌うことは「旧ソ連圏をルーツとするバンドとしてのアイデンティティ」を強化しているし、アルバムのアートワークにもブルータリズム全盛の建築物が出自を明確に表している。意図的なそうでないかはわからないが、彼らがロシア・旧ソ連のバンドとして認知され世界の音楽シーンでもユニークなポジションニングを保つことができた要因の一つだろう。
非英語圏のバンドとの出会いはますます増えている
Sovietwaveよりもよりバンドとしての新体制を獲得し、ヨーロッパやアメリカなどで着実にリスナーを獲得するMolchat Doma。インターネット上のプラットフォームがおすすめしてくるランダムな音楽をきっかけにMolchat Domaを見つけた人も多い。キリル文字に苦手意識を持ち、文化的にも身近に感じる要素の少ないロシア語圏のバンドを追ってみるとソ連と現代の社会やカルチャーが混ざり合ったハイブリットのバンドが見つかるかもしれない。