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ソ連からロシアに語り継がれるAlyansの名曲”Na Zare”

Alyans(アリヤーンス)という、主に80年代に活躍した旧ソ連のバンドを最近見つけてよく聴いている。

Alyansを見つけてから僕は旧ソ連の音楽に興味が湧いてきたのだが、調べれば調べるほどこのバンドの重要性や、現在のロシアで愛されていることがわかってきた。この記事では、Sovietwaveという音楽的ムーブメントを絡めつつ、綿々と語り継がれてきた彼らの代表曲”Na Zare”をご紹介したい。

SovietwaveとAlyans

YouTubeでいつも通り非英語圏の音楽をディグっいると、Sovietwaveなる音楽ジャンルと出会った。ロシア語圏のアーティストがロシア語で旧ソ連時代の郷愁を音楽に投影する音楽がカテゴライズされる音楽ムーブメントだ。

Sovietwaveと対比して語られるのがSynthwave。アメリカの80年代を思わせるヤシの木やオープンカー、当時流行したアーケードゲームなどのモチーフをインスピレーションとして音楽ジャンルとして知られている。このようなアメリカ的なイメージがごっそり旧ソ連を連想させる対象へと入れ替わったのがSoviet Waveだという。宇宙開発や、無機質なコンクリートから荘厳な強さを感じさせるブルータリズム建築のような「僕らが経験し得ない想像上の旧ソ連」みたいなイメージがアートワークに起用されている。

1 Hour Of Melancholic Sovietwave

 

Sovietwaveのサウンドを聴いていると、どこか旧ソ連下の抑圧された社会に連れていかれそうな冷たい印象を受ける。そんなSovietwaveのアーティストたちに何らかの影響をもたらしたであろうバンドがAlyansだ。

80s Soviet Synthpop Альянс – На заре (At dawn) USSR, 1987

 

ドメスティックな名曲“Na Zare”とYouTubeによる再発見

ロシア語表記をローマ字に起こすと”Na Zare”。本来の意味合いを英訳すると”At Dawn”となる。1980年代の旧ソ連ではニューウェーブに影響を受けたバンドが多数見受けられるが、Alyansもそのうちの一つだ。Depeche ModeNew Orderなどのサウンドをレファレンスとしているだろうな、なんてことがビシビシ伝わってくる。

調べてみると”Na Zare”は旧ソ連から現在のロシアに到るまで、国内でよく知られ楽しまれてきたドメスティックな名曲。リリースからメンバーが変わったりすることも多かったのだが、その後のロシア国内での懐メロ的なポジションを確立し現在に到るまでAlyansの名前が受け継がれている。(80年代後半にリリースされた”Na Zare”だが、2019年のライブ映像もYouTubeにアップされている)。

カバーするアーティストも割とたくさんいて、2001年にはロシアのロックバンドMad Dogが、エモっぽい伸びやかなボーカルとヘヴィーなギターサウンドでカバーをリリース。さらにロシアのラッパー、プロデューサーであるBastaは、2019年に”Na Zare”のカバーをリリースしている。ジャンルや世代を超えて、ロシアの人なら大抵は知っているレベルの曲なのかもしれない。

МЭD DОГ – На заре

 

歌詞を英語翻訳で読んでみると「青春時代が過ぎてしまった、当時は幸せだとは思わなかったけど、今思えば幸せだったんだろうな。夜明け前に俺を呼ぶ声がする」みたいなことを歌っている。過ぎ去った時の流れと、思い出が自分を読んでいるようなノスタルジーはいつの時代だって誰もが持つ感情だ。2020年に”Na Zare”が再発見されている文脈とも噛み合うし、リリースから時間がたてばたつほどそのノスタルジックな感情を想起させるパワーは増すだろう。

ベースとシンセサイザーのユニゾンに、アロハシャツにフューチャーレトロ的なサングラスのヒゲのおじさんがシンプルながら”Na Zare”のコアになるシンセサイザーのメロディーを載せる。微動だにせず一点を見つめ続け、ソ連的な美学を徹底するボーカルはハイトーンボイスで曲を壮大なスケールを与えている。

サウンドもさることながら、このビデオの強烈に漂う「ソ連感」が”Na Zare”が、非英語圏80年代の音楽のビデオがYouTubeで400~700万回再生され小さなバズを巻き起こした要因とも思える。YouTubeは2000年代後半から存在しているとはいえ、スマートフォンや通信技術の進歩によりますます多くの人が気軽に使えるツールとなっている。これまでどうしても発見されにくかった非英語圏の音楽が、プラットフォームの力で予期せぬ形で再評価を受ける流れは、日本の竹内まりや“プラスティック・ラブ“以外にも例が挙げられるだろう。

余談だが、実はこのヒゲのおじさんことOleg Parastaevが”Na Zare”を作曲したのだけど、そのカオスなヴィジュアルは彼の代名詞になっている。2020年6月に残念ながら他界してしまったのだが、生前に収録されたインタビュー映像にはインタビュアーが帽子とサングラスを持参してOlegに身につけさせるシーンがある。見た目のインパクトって人の記憶に残るために気を遣うべき要素なんだな、と改めて思わされた。

Последнее интервью Олега Парастаева, автора песни "На Заре" (1958-2020)

 

“Na Zare”は旧ソ連下の音楽を知る上で外せない音楽だ。非英語圏の音楽がますます身近に感じられ、フラットに評価される世の中になった今だからこそチェックしておきたい。