アメリカ、オークランドを拠点に活動する、チャズ・ベアーことToro Y Moi(トロイモワ)のニューアルバム“Outer Piece”が2019年1月18日にリリースされた。
デビュー当初はチルウェーブと定義されていたスタイルを、アルバムごとに大きく方向転換させながら進化を続けたToro Y Moi。”Outer Peace“はファンクでディスコなリズムとグルーヴが心地よい。加えてサイケデリックな側面が強調されたアルバムに仕上がっている。
断言してしまうけれど、間違いなく2019年必聴のアルバムだ。まだ1月だけれど、年末に2019年にリリースされた作品を振り返ることには”Outer Peace“は上位に食い込むはず。
この記事では“Outer Peace“の素晴らしさを、これまでのToro Y Moiの作品や同時代のトレンドなどと比較しながらレビューしていきたい。
記事を読む前に、まずはあなたのライブラリに追加してほしい。そして1曲目から聴きながら、記事を楽しいんでいただけると幸いだ。
ディスコファンクとサイケデリック
“Outer Peace“では80’s的なディスコファンクとサイケデリックな要素が強調されている。
チルウェーブやインディーロックのようなスタイルで作品を作り上げてきた彼だけど、”Outer Peace“はこれまでのアルバムとは一味違う作品だ。アルバム全体の雰囲気や、それぞれの曲の構成、制作された背景、全てが新鮮。どこか暖かい優しさを感じられるトロイモワらしさは残っているのだけど、より「ダンスミュージック」や「ディスコファンク」などの手法を用いて曲は作られていると思う。
一方でR&B的な雰囲気を感じるメロディーラインやウェットなノリは前作の”Boo Boo”から引き継がれている。ABRAやWET、Instupendoをゲストに迎えているところからも感じられると思う。そういったR&B色が前面に出た楽曲がある一方で、リズムセクションに焦点が当たった「ハネる」グルーヴで聴く人を踊らせる曲が収録されている。
シンセサイザーによる同じフレーズのリピート、ベースワウの浮遊感はサイケデリックな音楽を作り上げる要素だ。
リピートしているとどんどん心地よくなってくる。トリップ感というか、そういったサイケデリックな音楽がトロイモワのフィルターを通して表現されたアルバムでもある。
前作で育てたR&Bのトロイモワ的な要素も残しながら、ディスコファンクのエッセンスが乗っかった作品が”Outer Peace“と言える。
ギターの音ががほどんど消えた
ディスコファンク、ダンスミュージック、サイケデリックな音楽性を持ったアルバムが”Outer Peace“だが、もう一つ特徴的なことは「ギターサウンド」がほとんど見当たらないことだ。
3曲目の“Law Of Universe”ではギターのリフが目立っているが、その他の曲ではほとんどギターの音が聴こえてこない。
基本的にはドラムとベースの強くてグルーヴ感を表現して、ウワモノのメロディーはシンセサイザーとボーカルが作り出している。彼なりのファンク、ディスコを2019年の同時代感を作るためにエレクトロなサウンドに寄ったのだと僕は思う。
「ソング」というよりは「トラック」という方がしっくり来る。ロックやポップなどの曲にはAメロBメロサビなどの構成が綿密に組まれていて、曲を通した流れと展開を楽しむ。それが「ソング」だ。一方でヒップホップのように、他のアーティストの曲をサンプリングしたりして「同じフレーズ」をリピートして、ラップや歌で曲に変化をつける。ラップや歌をのせる土台が「トラック」と解釈すると、きっとToro Y Moiが”Outer Peace“で作り出した曲たちは「トラック」なのだろう。
ハネるファンク 自然に身体が踊り出す
「物悲しくて、メランコリックなものを作りたくはなかったから、BPM(曲の速さ)を上げた」「前作の”Boo Boo“ほどシネマティックではないけれど、僕(Toro Y Moi)自身をよく表したアルバム」とインタビューで語っていた通り、Toro Y Moiらしい、様々な音楽的な要素を取り込んで、ダンサブルでハッピーなムードを作り出している。
1曲目の”Fading“はバスドラムのビートから始まる。跳ねるようなベースラインが加わり、ボイスサンプリングとコーラスが入ってくる。とにかく曲が始まった途端に踊れる曲だ。個人的にボイスサンプリングの部分が至極エモさを感じる。先ほどToro Y Moi自身は「物悲しい曲は作りたくなかった」と言ってはいたものの、僕はなぜか物悲しさを感じてしまう。
そして先行公開されていた”Ordinary Pleasure“に繋がる。個人的には一番好きな曲なのだけど、ワウがかかったベースのリフが気持ちいい。ちなみにMVがめちゃくちゃにクールだからチェックしてみてほしい。クリエイティビティってこういうことをいうのか、と思った。
3曲目には”Law Of Universe“がくる。しょっぱなからここまでノンストップで踊らせにきているな、という感じ。僕はDJをやらないのだけど、もし機会があれば”Law Of Universe”を流してみたいな、と思う。
そしてABRAをゲストに迎えた”Miss Me“でスローダウン。R&B色の強いしっとりとした曲で、チルする時のプレイリストに加えたくなる。続く”New House“はまるでピアノメインの曲をサンプリングしたみたいないい意味で平坦なトラックに、彼のボーカルが乗っかり立体的に聴こえてくる。
個人的にはここが”Outer Peace“で一番好きな部分なんだけど、”New House“から”Baby Drive It Down“の繋ぎがたまらない。スパッとナイフで切るような鋭さで”Baby Drive It Down“に切り替わるのだけど、それでいてスムーズで新鮮なのだ。
“Baby Drive It Down“が終わるとディスコファンクゾーンに戻る。”Freelance“はこのアルバムのリードトラックだ。
「どんな仕事に従事していたとしても、クリエイティブであろうとする人に向けて書いた」という”Freelance“。
この一説に全てが凝縮されていると思う。ブログを書いたり、音楽を作ったり、はたまた営業でも販売でもなんでも一緒だけど「自分の思考や熱意や本気度やアイディア」を見せることができたら、人はあなたを見てくれるのだ。
“People tend to listen when they see your soul”
「人は君の心が見えた時に耳を貸すんだよ」
8曲目の”Who I AM“はアルバム中でも一番ハッピーな雰囲気であふれていると思う。80’sっぽいレトロなシンセサイザーの音とファンキーなベースリフ。基本となるリズムやメロは同じでも、音の足し引きで展開を作り出すダンスミュージック的なアプローチが面白い。
9曲目と最後の10曲目はそれぞれゲストを迎えたコラボレーションだ。”Monte Carlo“WETとの共作で、”Boo Boo“的なR&Bの色気のある雰囲気を持った曲だ。エレクトロベースとドラム、コーラスで作り上げるシンプルな曲に美しいメロディ。気持ちいい。
最後の”50-50“はアメリカはペンシルヴァニアのプロデューサーであるInstupendoとのコラボレーション。「今までToro Y Moiのアルバムではゲストを迎えた曲は作って来なかったけど、今回トライしてみた。初めて試みで、一番気に入っている曲だ」とインタビュー中にも語っている。
2019年必聴の一枚
僕はToro Y Moiの”Outer Peace“は2019年必聴の一枚だと思う。
バンドサウンドが流行らなくなったからエレクトロやヒップホップ的なアプローチを取った、という単純な姿勢ではないが「ヒップホップ」が聴かれる同時代性を感じさせるモダンな作品だ。
是非とも変幻自在なディスコファンクサウンドで踊りまくってほしい。
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